妻がSNSを見ながら、「乳歯にもフッ素を塗ってもらった方がいいのかな」と言ったことがありました。
正直、最初に思ったのは「そこまでやる必要ある?」でした。乳歯はいずれ生え変わるし、普段の歯磨きだけでは足りないのか。育児をしていると、こういう「これもやった方がいいらしい」が次々に増えていきます。
ところが調べてみると、歯科で行うフッ化物塗布には、むし歯予防として一定の根拠があります。つまり今回に限れば、「SNSで見たから余計なことを言い出した」と片付けるのは違いました。
そこで気づきました。自分が引っかかっていたのは、その情報が正しいか間違っているかだけではありません。
今の育児、「やった方がいいこと」が多すぎないでしょうか。
子どもに良いことを減らしたいわけではありません。ただ、「良いこと」を全部「やるべきこと」に変えてしまったら、共働き家庭は回らない。この記事では、SNS時代の育児情報とどう付き合い、家庭として何を選ぶのかを考えます。
SNSを見るたびに「育児の必修科目」が増えていく
離乳食、読み聞かせ、知育、モンテッソーリ、英語、外遊び、スクリーンタイム、睡眠、歯のケア、習い事。SNSを見ていると、子どものために「やった方がいい」とされることがいくらでも出てきます。
厄介なのは、その中に本当に大切なことも、やればプラスかもしれないことも、根拠が弱いことも混ざっていることです。タイムライン上では、それらが同じような熱量で並びます。
しかも「やった方がいい」は簡単に「やらないといけない」に変わります。誰かが毎日絵本を読んでいる。誰かが知育に力を入れている。誰かが手作りの離乳食を作っている。それを一つずつ見ているうちに、いつの間にか全部が“普通の育児”に見えてきます。
SNSが悪い、と決めつけるのも違う
ただし、SNSそのものを悪者にするのも違うと思います。
日本の0〜3歳児の親429人を対象にした研究では、育児目的のSNS利用と心理的苦痛の関係が調べられています。結果は単純な「SNSを使うほどしんどくなる」ではありません。育児不安が高い母親や、育児不安・孤独感が高い父親では、SNS利用と心理的苦痛との関連が強くなっていました。
2026年のスウェーデンの縦断研究でも興味深い結果が出ています。他の親と比較する回数そのものより、比較したときに「自分は劣っている」と感じるようなネガティブな感情の方が、その後の親としての自己効力感低下やストレス・抑うつの増加と結びついていました。
一方で、SNSは育児情報を探したり、同じ状況の親とつながったりする場所でもあります。問題は「SNSを見ること」そのものではなく、流れてくる情報をそのまま自分の家庭のタスクへ変換してしまうことではないでしょうか。
海外にもある「Intensive Parenting」という考え方
この「子どものために、できるだけ多くの時間・お金・エネルギーを使う」という育児観は、日本だけの話ではありません。海外では「Intensive Parenting(集中的な育児)」として研究されています。
日本の未就学児の母親675人を対象にした研究でも、子ども中心、知的刺激、親の責任などを重視する育児観が調べられています。ここで大事なのは、こうした育児観が全部悪いわけではないことです。子どもにしっかり関わることには当然プラスの面があります。
ただし、理想を高く持つことと、それをすべて実行することは別です。研究でも、完璧を求める育児観がストレスや疲労と関係する可能性が示されています。
また、米国・日本など5か国の母親YouTubeを比較した研究でも、家事や育児をこなす「良い母親」像には国を超えた共通点が報告されています。
「昔より便利になったのだから、育児も楽になったはず」とは単純に言えません。便利になった一方で、「良い親」に求めるもの自体が増えている可能性があります。
SNSでは、存在しない「全部入り家庭」と比べてしまう
ここからは私の仮説です。
SNSで見ているのは、一つの家庭のすべてではありません。
Aさんは離乳食が得意。Bさんは毎日読み聞かせをする。Cさんはモンテッソーリを取り入れる。Dさんは休日ごとに子どもを外へ連れていく。Eさんは部屋もきれいで仕事もしている。
本来は別々の家庭なのに、タイムラインでは全部が連続して表示されます。その結果、「普通の家庭は、これくらい全部やっている」と感じやすくなる。
でも実際には、Aさんが苦手なことも、Bさんが諦めていることも画面には映っていません。
複数家庭の“得意分野”を合成して作った、実在しない完璧な家庭。それと自分の家を比べていたら、そりゃ勝てません。
共働き家庭では、育児タスクを無料では追加できない
ここが共働き家庭では特に重要だと思っています。
2021年の社会生活基本調査をもとにした男女共同参画白書では、6歳未満の子どもがいる共働き夫婦の家事関連時間は、妻391分、夫114分でした。夫の時間も2006年の57分から大きく増えていますが、それでも家庭全体で使える時間が無限になるわけではありません。
新しく「毎日30分これをやろう」と決めたら、その30分はどこかから持ってくる必要があります。 家事の「時間の固定費」を減らしたい理由でも、短い作業が積み重なる負担を考えました。
睡眠を削るのか。夫婦の時間を削るのか。家事を簡略化するのか。別の知育をやめるのか。あるいは仕事や自分の休息を削るのか。
少なくとも私が見ている範囲では、SNSの投稿には「これをやると良かった」は出てきても、「その代わりに何をやめたか」までは見えにくいと感じます。
だから個別の施策だけを見れば全部正しくても、全部を足した家庭が最適になるとは限らない。これは仕事で言うなら、局所最適を積み上げても全体最適にはならない、という話に近いと思います。
「子どもに良い」と「家庭でやるべき」は別
我が家でも、ここは夫婦で考え方が違うことがあります。
「子どもにプラスなら、できるだけやってあげたい」という考え方があります。一方で私は、「プラスなのは分かる。でも全部は無理だから、家庭全体で優先順位をつけたい」と考えることが多いです。
どちらが子どもを大切にしているか、という話ではありません。
メリットをどこまで重く見るか、どの負担までなら許容するか、何を家庭のMustと考えるか。その重みづけが違うのだと思います。
一つの施策だけを見れば、やる方が良いこともあります。でも家庭全体では、親の負担、お金、時間、夫婦関係、他の育児との機会費用まで入ってきます。 保育園送迎と働き方を考えた記事でも、共働き育児でフレックス勤務をどう使うかを、家庭全体の回し方から整理しています。
私自身、物事を単純なYes/Noで決めるのはあまり好きではありません。子どもに良いか。親が続けられるか。家庭全体として良い方向に行くか。いわば育児版の「三方よし」で考えた方が現実的だと思っています。
子どもへの小さな上積みのために、親や家庭の負担が大きく増えるなら、本当に家庭全体でプラスなのか。逆に多少面倒でも、事故や病気の大きなリスクを下げるなら優先順位は高くなります。
我が家で試したい「全部乗せしない」判断ルール
とはいえ、毎回論文を読んで効果量まで調べるのは、それ自体が新しい育児タスクになってしまいます。
そこで、我が家ではまず次の2問に分けて考えるくらいが現実的だと思っています。
- その情報は信頼できるか
- 信頼できるとして、我が家で採用する価値があるか
1つ目では、安全や健康に関わる強い推奨なのか、公的機関や専門学会がどう位置づけているのか、根拠があるのかを見る。ここで怪しければ、そもそも家庭のタスクにしません。
2つ目では、時間、お金、手間、親の負担、他に何を諦めることになるかを見る。情報として正しくても、我が家で必須とは限りません。
以前は「半数以上の家庭がやっているなら採用」という基準も分かりやすいと思いました。ただ、普及していることと科学的に正しいことは同じではありません。昔のマイナスイオン家電のように、広く普及しても根拠が弱いものはあります。
だから普及率は、「かなり一般化した標準なのか、それとも一部の家庭が選んでいるOptionalなのか」を考える補助線にする程度でよさそうです。意見が割れたものや負担が大きいものだけ詳しく調べる。大事なのは、SNSで見た瞬間にMustへ昇格させないことです。
SNSを見ないのではなく、全部採用しない
今回のきっかけになったフッ化物塗布は、私が最初に感じた「そこまで必要?」だけでは判断できませんでした。調べた結果、むし歯予防として意味があることが分かりました。
逆に、育児の中には、調べてみると必須ではなかったり、特定の条件でしか必要なかったり、むしろ避けた方がいいものもあります。
つまりSNSだから信用しない、でもないし、「子どもに良い」と書いてあるから全部やる、でもない。
情報を知ることと、家庭のタスクとして採用することを分ける。
これだけでも、共働き育児の難易度は少し下げられるのではないでしょうか。
子どもに良いことを減らしたいわけではありません。
正解を全部集めるより、我が家では何を大事にして、何をやらないのか。それを夫婦で決められる方が、長く続く育児になるのではないかと思っています。
追記:結局、フッ素入り歯磨き粉を始めていました
この記事を公開したあと、妻がフッ素入りの歯磨き粉を使い始めていました。最初は「乳歯にもフッ素塗布まで必要?」という話から始まりましたが、今回実際に確認できたのは、普段の歯磨きで取り入れられる方法を始めたことでした。
全部やる必要はない。でも調べてみて、負担が小さく、納得できるものなら取り入れる。結果的に、この記事で書いた「情報を知ることと、家庭のタスクとして採用することを分ける」を、我が家でもそのままやっていました。


