第一章:完璧なご飯ルールを作ったけど、ぜんぜんうまくいかなかった話
共働き家庭にとって、「今日のご飯どうする?」は地味に重いテーマだ。仕事終わりの疲れた時間に、空腹と気力を抱えながら「何食べる?」と聞き合うのは、小さなストレスの積み重ねだと思う。
だから僕はある日、夫婦で話し合ってご飯ルールを作った。「奇数日は僕が決定、偶数日は妻が決定。パスもできるし、負担感も週一で振り返ろう」……という、合理的で柔軟性のあるルールだった(と思ってた)。
ルールは詳細だった。役割交代、準備作業、片付け分担、パス制度……かなり真剣に作り込んだ。正直、職場の業務フローよりよくできていた気がする。でも、実際に運用してみると、妻はまったく乗り気じゃなかった。
ある日、チャットで「今日のご飯どうする?」とやりとりしていたとき、妻から「今日はラーメンが食べたいから作ってほしい」と言われた。偶数日だったので妻の担当だったはずだが、「前回は私が作ったから、今日はお願い」と返された。
僕は「じゃあルール意味ないじゃん」と思ってしまい、「今日は君の番だよ」と伝えた。すると、「そんなルール一度も見たことないし、そもそも勝手に決めたよね」と返されて……。
内心、少しカチンと来た。自分はちゃんと守っていたつもりだったからだ。その日は結局、揉めたまま別々にご飯を食べた。この出来事が、「嫌だった」ではなく「嫌になった」瞬間だったのだと思う。
そして妻から言われた。
「ルールがあるってだけで、なんか仕事が増えた気になるんだよね」
これが、すべての出発点だった。
第二章:「ご飯は楽しみ」という妻と、「タスクは減らしたい」僕の価値観のズレ
その後、臨時でじっくり話し合うことになった。妻は言った。
「私はご飯って、人生の楽しみのひとつだと思ってる」
その瞬間、僕は自分とのギャップに気づいた。僕は、ご飯にあまりこだわりがない。毎日同じものでも平気。どちらかといえば、栄養があって空腹を満たせればいい。忙しいときは食べなくてもいい。
でも妻は違った。「今日はこれ食べたい」「あれ作ってみたい」と思うことも多いし、何を食べるかを考える時間自体が楽しみらしい。そして何より、「ご飯の話をする」こと自体がコミュニケーションなのだと言う。
僕にとっては、「何食べる?」のやりとりは追加タスクだった。だからこそ、ルール化したかった。でも妻は、そこを効率化されると、楽しみが奪われたように感じるらしい。
このすれ違いは、「やる気があるか/ないか」では説明できない。「価値観のズレ」だった。
そして、マネジメント的には、「ルールは“共有された目的”を持たないと、機能不全を起こす」1とのこと。僕のルールは、僕の視点からの効率最適化でしかなかった。「楽しさ」や「感情のゆらぎ」を含める余地がなかったのだ。
このギャップは、MBTI診断でいう性格タイプの違いも大きい。妻はENFP(社交的で好奇心旺盛、柔軟な発想が得意)、僕はISFJまたはINFP(安定性や調和を重視し、自分の内面と向き合う傾向)と推定される。ENFPにとって「ルール」は制約であり、INFP/ISFJにとっては「安心の枠組み」でもある。この相互理解ができていなかったのも、今回の失敗の根底にあったのかもしれない。
加えて心理学的には、「怒りの裏には期待がある」とも述べている。妻の「嫌だった」ではなく「嫌になった」という発言には、期待していた“気遣い”が感じられなかったことへの失望がにじんでいる。つまりルール破綻の本質は、機能不全というよりも“感情のすれ違い”だったのだ。
第三章:ルールじゃなく、“お願い”がちょうどよかった
話し合いの最後に、僕はこうお願いした。
「集中してるときとか、しんどいときは“ご飯どうする?”って聞かないでくれると助かる」
これはルールじゃない。ただのお願いだ。でも、妻はそれで納得してくれた。「もちろん、そういうときは配慮するよ」と。
「ルールは守る前提だから、破られたときに裏切られた感情が生まれやすい。でもお願いベースは“配慮が返ってきたらうれしい”という、感謝の気持ちを生みやすい」。まさに今回がそうだった。
実際、お願いしてからは妻が気を遣ってくれている。何も言わずに「今日は冷凍チャーハンでいい?」と聞いてくれるだけでも、ずいぶん気が楽だ。
それに僕自身も、妻の価値観を知ったことで、少しは「食事の時間を共有すること」に意味を見出せるようになった気がする。とくに疲れてるときほど、「一緒にご飯を楽しめる人がいること」が救いになる。
心理学的に、感情のすれ違いを修復するには「相手が真剣だから怒っている」2という前提を持つことが大事だという。話し合い中に少し感情的だった妻を、受け止められたことは大きかったのかもしれない。
一方で、家族支援的には、「“お願い”が効果を持つのはお互いの信頼が前提にあるから」3と指摘する。お願いされる側が“命令”と受け取らない関係性があるからこそ成立する、と。つまり“お願いベース”は魔法の手段ではなく、信頼構築とセットで育てていくものなのだ。
第四章:「決める」「守る」より、「わかってもらえた」が嬉しい
ルールは、僕たちには合わなかった。もちろん、合う夫婦もいると思う。むしろ、ルールがあることで安心できる人も多いだろう。
でも僕たちは、「ルールを決めること」自体がプレッシャーになるタイプだった。ルールがあると、「守れなかったとき」の後ろめたさが出てくる。義務感やタスク感に変わってしまう。
マネジメント的には、「お互いが納得のないルールは使われなくなる」とのこと。振り返れば、ルールを作ったとき、僕は一方的に設計して提示しただけだった。妻は“作るプロセス”に関わっていなかった。
実際、行動科学の視点でも「ルール化」よりも「やわらかい確認・提案」の方が信頼関係を築きやすいという研究がある。たとえばハーバード大学の協働意思決定に関する調査でも、「役割の固定」よりも「共感的な会話」が長期的関係に効果的とされている(Raiffa, Richardson, Metcalfe, Negotiation Analysis, Harvard University Press, 2003)。
“お願いベース”だと、ちょっとした配慮が生まれやすい。「決めたこと」じゃなくても、「そうしてくれたんだ」と思えるし、「やってくれてありがとう」と自然に言える。
今回の件で学んだのは、相手を変えるより、まず相手を知ること。そして「お願い」や「共有」という緩やかな仕組みのほうが、僕たちには向いていたことだ。
第五章:「ENFP×ISFJ/INFP夫婦あるある」としての理解
あらためて振り返ってみると、これは性格傾向によるすれ違いだったのかもしれない。MBTI的に、妻はENFP。自由で、楽しさを大切にし、ルールよりも会話や共感を重視するタイプだ。
一方で僕はISFJ/INFP。秩序や安定を重視し、計画性やルールで不安を減らしたい傾向がある。
この組み合わせの夫婦は、以下のような“あるある”にぶつかりがちだ。
ENFPの傾向 | ISFJの反応(混乱) | INFPの反応(葛藤) |
---|---|---|
その場の気分や感情で行動する | 計画を乱されてストレスを感じやすい | 柔軟性はあるが、相手の行動に意味を探りがち |
ルールよりも自由・対話を重視する | きっちり決めておきたい → 窮屈に感じる | ルール化を避けたいが、曖昧さにも不安を抱く |
会話の流れやリアクションを楽しむ | 一貫性を重視するため、ブレた印象に戸惑う | 会話より内省傾向が強く、反応が遅れがち |
- ENFP:感情やひらめきを大切にし、ルールや枠組みに縛られることを嫌う。
- ISFJ:安定・秩序・予定通りの行動が安心材料になる。
- INFP:自分の内面でじっくり考えたいタイプ。感情に敏感だが表現は控えめ。
つまり今回のご飯問題は、性格の“ズレ”がコミュニケーションに現れた事例だった。
MBTIを正解とは思わないが、指針として参考になる。相手にとって「何が負担なのか」「何が安心なのか」を考えることで、不要な衝突は避けられることもある。
第六章:「家庭を回す技術」に正解はない。
結局、僕たち夫婦には“ご飯ルール”は合わなかった。でもそれは、「やる気がないから」でも「相性が悪いから」でもない。ただ、「やり方が違う」だけだった。
家庭を“効率的に回す”には、技術も工夫も必要だ。でもその前に、「価値観のすり合わせ」が欠かせない。その人にとっての“当たり前”は、相手にとっての“ストレス”かもしれない。
今回の経験を通して思うのは、「ルールがある=安心」ではないということ。むしろ、“気遣いの余白”がある方が、僕たちには心地よかった。
正解はきっと、各家庭にしかない。そしてそれは、試してみないとわからない。
これからも僕たちは、話し合って、失敗して、また少しずつ変えていくだろう。それでいい。
なぜなら、“家庭をうまくやる”って、そういうものだから。
参考文献・出典
- Raiffa, H., Richardson, J., Metcalfe, D. (2003). Negotiation Analysis: The Science and Art of Collaborative Decision Making. Harvard University Press.
- Harvard Business School Online. (2023). Why Managers Should Involve Their Team in Decision-Making
- Harvard Kennedy School. Creating Collaborative Solutions Program Guide. 参照ページ
- これは、ドラッカーやサイモンらによっても指摘されてきた「目的共有と意思決定プロセスの整合性」の重要性に通じる(P. Drucker, The Effective Executive, 1966 / H.A. Simon, Administrative Behavior, 1947)。 ↩︎
- 感情の背景にある“未充足の期待”については、心理学者マルシャル・ローゼンバーグによる非暴力コミュニケーション(NVC)理論が有名である(Rosenberg, Nonviolent Communication, 2003)。 ↩︎
- 家族療法やペアレンティング支援の実務でも、リクエスト(request)ベースの関係性は「信頼の土壌」が前提とされる(Gottman & Silver, The Seven Principles for Making Marriage Work, 1999)。 ↩︎
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