長期里帰りで赤ちゃんはパパを忘れる?離れて暮らした父と息子の実体験

長期里帰り後に再会した父親へ手を伸ばす赤ちゃん

「これ、息子に忘れられてないか?」

妻と息子の長期里帰り中、私は何度か本気でそう思いました。

わが家では、出産後しばらく私も妻の実家に滞在しました。新生児期からミルクをあげ、抱っこをし、お風呂にも入れる。午前中は私が息子を担当し、妻には昼頃まで寝てもらう日もありました。

ところが、育休が終わって仕事に戻ると、私だけ自宅へ戻ることになりました。妻と息子はそのまま里帰りを継続。3月から8月まで、毎日一緒だった父と息子が、基本的には離れて暮らすことになったのです。

途中、GWには約2週間一緒に暮らし、大阪旅行でも会いました。それでも、同居を再開したときの息子の反応を見て思いました。

「あれ。もしかして、忘れられていた?」

もちろん、赤ちゃん本人に聞いても答えてくれません。そこで、乳児は身近な人をどう覚えるのか、父親にも愛着は形成されるのかを調べてみました。

先に結論を書くと、本当に忘れられていたのかは分かりません。ただ、赤ちゃんの「覚えている」は大人の記憶と同じではなく、久しぶりの再会で泣いたり固まったりしても、それだけで「忘れた」とは言えないようです。

新生児期は、父親も毎日育児をしていた

息子が生まれる前の11月末から、私は妻の実家で暮らしました。

里帰り出産と聞くと、妻が実家へ戻り、夫は自宅で生活する形を思い浮かべる人が多いかもしれません。わが家は少し違いました。私も一緒に行き、出生時育児休業と通常の育児休業を取り、新生児期の育児に参加しました。

ミルク、抱っこ、お風呂。妻が美容院やネイルへ行く日は、私が息子を一人で見ることもありました。

だから、父親としてはそれなりに顔を売ったつもりでした。選挙なら毎日街頭に立っていたくらいの接触量です。

少なくとも私の側には、「生まれた直後から一緒に過ごした」という実感がありました。

仕事復帰で、毎日会えない生活になった

約3か月の義実家生活を終え、私は仕事のため自宅へ戻りました。妻と息子は、生活支援を受けられる妻の実家で暮らし続けました。

その後の父と息子の生活を整理すると、次のようになります。

時期 父と息子の生活
出生後〜2月 妻の実家で毎日一緒に暮らし、父親も育児を担当
3月〜8月 基本的には別居
GW 約2週間だけ一緒に生活
大阪旅行 短期間、一緒に過ごした
8月以降 家族3人での同居を開始

長期里帰りには、妻が産後の支援を受けやすいこと、赤ちゃんを見てくれる大人が複数いること、夫が仕事へ戻れることなどの利点があります。わが家にとっても、必要な選択でした。

一方で、父親は子どもの日々の成長を見られなくなります。

離れている間は、Discordでときどきビデオ通話をし、家族向け写真共有アプリ「みてね」で息子の様子を見ていました。それでも、離乳食が始まったことや寝返りができたことを、私は後から知りました。

写真では昨日と今日の違いが分かりにくいのに、久しぶりに会うと一気に大きくなっている。成長を実感できるのはうれしい。しかし、その途中を見ていない寂しさもありました。

一人暮らしに戻れば、時間は自由になります。正直、気楽な部分もありました。それでも仕事復帰直後にトラブル対応が起きたときは、「育休に戻りたい」と思いました。仕事が大変だったからだけではなく、息子のそばにいたかったからです。

「忘れられた?」が一番気になったのは、同居を始めてからだった

離れて暮らしている間も、GWには約2週間一緒に暮らし、大阪旅行でも息子と会いました。まったく接点がなかったわけではありません。

ただ、3月から8月までの大半は別居です。「もしかして忘れられている?」という疑いが一番強くなったのは、久しぶりの一回の再会ではありません。家族3人での同居を始めてからでした。

同じ家で毎日過ごすようになっても、しばらくはママでなければ駄目な状態が続きました。

私が両手を広げて「抱っこ?」と聞いても、息子の反応は「嫌だ」。抱っこしてほしい相手として、私は選ばれませんでした。育休中は私の抱っこや世話でも大丈夫だっただけに、余計に「これは本当に忘れられたのでは?」と思いました。

もちろん、息子が私の顔そのものを識別できていなかったとは限りません。それでも父親の側から見ると、顔を知っているかより、「安心して抱かれる相手として覚えているか」の方が切実でした。

では、赤ちゃんはそもそも父親の顔や声をいつから覚えるのでしょうか。

赤ちゃんは、顔だけで人を覚えているわけではない

乳児の人物認識を調べる研究では、母親についての知見が多く、父親については比較的限られています。

たとえば、1・3・5か月児を調べた研究では、1か月児は声を伴うと母親と見知らぬ女性の顔を区別し、3か月頃には顔だけでも区別したと報告されています。一方、新生児が母親の顔を区別したとする研究もあります。結果に幅があるのは、月齢だけでなく、実物か映像か、声があるか、どのように反応を測るかでも結果が変わるためです。

声については、胎内から聞く機会が多い母親の声を新生児が識別することが知られています。匂いでも、生後2日の母乳栄養児が母親の腋の匂いを識別した研究があります。

ところが父親の声では、4か月児が父親の声を見知らぬ男性の声より好んだ、という結果は得られなかった研究があります。声同士を聞き分けることはできていたため、研究者は、父親の認識には声だけでなく複数の手掛かりが必要なのかもしれないと考察しています。

つまり赤ちゃんは、証明写真のように顔だけで「父」と照合しているとは限りません。

顔、声、匂い、抱かれ方、話し方、いつもの場所。その人と出会う状況全体が手掛かりになっている可能性があります。久しぶりに会った父親の見た目は同じでも、場所や時間帯、抱っこまでの流れが違えば、いつもの記憶をすぐ取り出せないことはあり得ます。

わが家でも、息子は画面越しの私を時々見ていました。しかし、画面の中の顔と、突然目の前に現れて抱っこしようとする大きな人が、赤ちゃんの中でどこまで同じ人物として結びついていたのかは分かりません。

赤ちゃんにとって「覚えている」とは何なのか

大人が「覚えている」と言うと、出来事を頭の中で再生し、言葉で説明できる記憶を想像します。乳児の記憶は、視線、吸う動作、足を動かす行動、慣れたものと新しいものへの反応の違いなどから間接的に測ります。

3か月児が、足を蹴ると動くモビールを学習した研究では、2週間後でも、直前に適切な「思い出すきっかけ」を与えると記憶が表れました。ただし、似ているだけの別の手掛かりでは十分ではなく、記憶の取り出しは学習時の条件に左右されました。

別の研究では、定期的に記憶を呼び起こす機会を設けることで、乳児の学習記憶が数か月後まで保たれた例もあります。

ただし、これはモビールなど特定の課題を使った実験です。「父親を何日覚えているか」を測った研究ではありません。ここから「毎週ビデオ通話をすれば忘れない」「1か月会わなければ忘れる」といった基準は作れません。

分かるのは、乳児にも記憶する力があり、その表れ方は月齢、経験の回数、手掛かり、思い出す場面によって変わるということです。

わが家では、生まれてから約3か月は毎日一緒に暮らし、その後の約半年はGWの2週間や大阪旅行を除いて、父と息子が離れていました。この条件で、息子の中に私の記憶がどの程度残っていたのかは測れません。

顔や声に見覚えがあった可能性はあります。しかし、「見覚えのある人」と「毎日世話をしてくれて、安心して抱かれる人」は同じではありません。息子が私を人物として覚えていたとしても、日常的な養育者としてはママや妻の実家の家族の方が、はるかに強い存在になっていたと考える方が自然です。

そう考えると、再会した瞬間の反応だけで父親の記憶を採点するのは無理があります。赤ちゃん側からすれば、抜き打ちテストだったのかもしれません。

父親にも愛着は形成される

愛着とは、単に顔を知っていることではありません。子どもが不安なときに安心を求め、探索するときの安全基地として頼る関係です。

乳児は母親だけでなく、父親やほかの継続的な養育者とも、それぞれに愛着関係を作り得ます。父子58組を追跡した研究では、生後9か月時点の父親の関わり方と、12〜14か月時点の父子の愛着の安定性との関連が検討されています。また、父親の敏感な応答性と父子の安定した愛着には、小さいながら関連があることがメタ分析で示されています。

大事なのは、単純な「接触時間ランキング」だけではない点です。子どもの合図を見て、適切に応答し、一緒の経験を積み重ねることが関係づくりに関わります。

一方、離れて暮らした期間だけから、その後の父子関係を予測できるほど単純な研究結果は見当たりませんでした。子どもが母親や祖父母から安定した世話を受けている家庭の一時的な別居と、養育そのものが不安定な状況を同じに扱うこともできません。

わが家の場合、新生児期に毎日一緒だったことは、完成済みの「父子関係」を手に入れたという意味ではなかったと思います。ただ、ミルクをあげ、泣いたら抱き、風呂に入れた経験は、その後また関わり始めるための土台にはなりました。少なくとも、私の側には。

泣く・固まる=忘れた、とは限らない

生後後半になると、赤ちゃんは慣れた人と見慣れない人を以前よりはっきり区別し、人見知りを示すことがあります。米国小児科学会の保護者向け解説では、8〜12か月頃には、以前は平気だった親族やベビーシッターに対しても、急に近づかれると隠れたり泣いたりすることがあると説明されています。

同じ頃には、愛着のある人が離れることに反応する分離不安も表れます。

整理すると、次の違いがあります。

言葉 おおまかな意味 父親との再会で考えられること
人見知り 見慣れない人や状況への警戒 会う頻度が減った父親を慎重に観察する可能性
分離不安 愛着のある人が離れることへの不安 ママから離されそうになって泣く可能性
パパ見知り 一般に使われる通称で、医学的な診断名ではない 人見知り、ママへの選好、疲れ、抱かれ方などが混ざり得る
忘れた 記憶が保持・検索できない状態 再会時の行動だけでは判定できない

たとえば父親の顔を覚えていても、「久しぶり」「いつもと違う場所」「急に抱っこされた」「眠い」が重なれば泣くかもしれません。反対に、泣かなかったから明確に覚えていたとも限りません。

息子が8か月頃には、夜は特にママべったりでした。同居開始後に私が「抱っこ?」と手を広げても拒まれたのは、「パパの記憶が消えた」からかもしれませんし、顔は分かっていても「今、安心して抱かれたいのはママ」だったのかもしれません。

今振り返ると、後者の方が実感には近いです。私をまったく知らない人として怖がっていたというより、抱っこや安心を求める相手としてママを選び続けていたように見えました。

赤ちゃんの一つの反応に、大人が一つの意味を付けるのは難しいのです。

離れている間、わが家ができたことと、できなかったこと

わが家では、Discordのビデオ通話と「みてね」の写真共有を使いました。

ビデオ通話は、録画された動画と違い、赤ちゃんの声や視線に画面の向こうから応答できます。乳幼児と離れた家族のビデオ通話を扱った研究でも、リアルタイムに反応が返ることや、そばにいる養育者がやり取りを助けることが、画面越しの交流を支えるとされています。

ただ、わが家の通話は「時々」でした。仕事や育児の時間が合わなければ、毎日の決まった習慣にはなりません。写真共有も、私が成長を知る助けにはなりましたが、息子から見れば、私とのやり取りにはなりません。

ここは、実際に離れて暮らして分かった違いです。

写真は、父親の寂しさを少し埋めてくれる。しかし、父子のキャッチボールそのものではありません。

再会後は「思い出させる」より、もう一度一緒に過ごす

再会後に必要だったのは、「パパを覚えているよね?」と答え合わせを迫ることではありませんでした。

いきなり抱っこして反応を試すより、まず近くで話す。ママに抱かれたまま私の顔や声に慣れてもらう。息子の反応を見ながら、遊び、ミルク、お風呂、寝かしつけなど、日常の中で私ができることを増やす。

そうして一緒に暮らす時間が増えるにつれ、反応は少しずつ変わってきました。

最近は、息子の方から「抱っこ?」というように手を広げてくれるようになりました。こちらから「抱っこ?」と聞いたときも、以前の「嫌だ」ではなく、「行く」という反応が増えています。ママではなく、パパと遊びたそうにする時間も少しずつ増えてきました。

昔の私を思い出したのか。それとも、同居後に改めて仲良くなったのか。そこは今も分かりません。

ただ、育休中の関係がそのまま一瞬で復元されたのではなく、毎日の生活の中で父子の距離が縮まっていった実感はあります。

ハーバード大学子ども発達センターは、子どもの声、表情、身ぶりに大人が応答する往復のやり取りを「serve
and return」と呼び、発達を支える重要な関係経験と説明しています。

父子関係の再構築も、特別な一発逆転ではなく、この小さな往復の繰り返しなのだと思います。

離れている父親が取り入れやすい方法を、研究とわが家の経験から整理すると、次のようになります。

  • ビデオ通話では、父親が一方的に話し続けず、赤ちゃんの声や動きに反応する
  • そばにいる人に、画面と赤ちゃんのやり取りをつないでもらう
  • 同じ歌、呼びかけ、絵本など、毎回使える手掛かりを作る
  • 再会直後は抱っこを急がず、赤ちゃんのペースに合わせる
  • 再会後は遊びだけでなく、食事や風呂など日常の世話を積み重ねる

これをすれば絶対に忘れられない、という処方箋ではありません。大事なのは、記憶テストに合格させることではなく、「この人は自分の合図に応えてくれる」という経験を増やすことです。

新生児期に一緒に過ごした意味は、消えなかった

長期里帰りで離れている間、私は息子の成長を毎日は見られませんでした。

寝返りも、離乳食も、現場にいた家族にとっては連続した日常です。私にとっては、写真や連絡で突然届く出来事でした。会うたびに成長しているうれしさと、そこへ至る過程を見逃した寂しさは、両方ありました。

では、新生児期に一緒に過ごした意味はなかったのか。

そんなことはないと思っています。

ただし、「最初にたくさん育児をしたから、しばらく離れても父子関係は自動保存される」という意味ではありません。新生児期の経験は、息子の記憶の中にどのように残ったかを私には確認できません。

それでも、私が息子の泣き方や抱き方を知り、父親として世話をするのが当たり前になった。その経験は、離れて暮らした後にもう一度関係を作るときにも残っていました。

新生児期の育児は、父親が子どもに覚えてもらうためだけにするものではありません。父親自身が、父親になっていく時間でもあったのだと思います。

結論:忘れられたかより、これから何度でも関係を作る

息子は、本当に私を忘れていたのでしょうか。

正直、分かりません。

乳児は早い時期から、身近な人の顔、声、匂いなどを学びます。しかし、人物の記憶が何日続くかを示す単純な期限はなく、再会時に泣いたり固まったりするだけで「忘れた」とも言えません。

私には、忘れられていたように見えた。それは父親として少し寂しく、同時にちょっと笑ってしまう体験でした。

でも、父子関係は最初の数か月だけで固定されるものではありません。

新生児期に毎日世話をしたこと。3月から8月まで離れて暮らしながら、GWの2週間や大阪旅行で一緒に過ごしたこと。画面越しに顔を見せたこと。同居後、もう一度そばで話し、遊び、世話をしたこと。その一つひとつが関係になっていきます。

長期里帰りが正しかったか、間違っていたかという話ではありません。妻と赤ちゃんへの支援も、夫の仕事復帰も、わが家には必要でした。ただ、その選択には、父親が日々の成長を見られないという側面もありました。

忘れられていたのかは、最後まで分からない。

それでも私は、赤ちゃんとの関係は「一度覚えてもらって完成」ではなく、その後も何度でも一緒に作っていくものだと感じています。

以前は「抱っこ?」と手を広げても拒まれていた私に、今は息子の方から手を広げてくれることがあります。それが「思い出した」結果なのか、新しく仲良くなった結果なのかは分かりません。

でも、どちらでもいいのかもしれません。少なくとも今、父と息子の間には、育休中とはまた違う関係が育ち始めています。


参考文献・参考情報

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