2020年。
僕らが最初に結婚した場所は、結婚式場ではなかった。
スマホゲームの中だった。
当時は顔も知らない。本名も知らない。
ゲームの中で結婚相手を探そうとしていた妻に、僕が送ったのが、
「結婚したいなら俺にしとけ!」
という、今振り返ってもなかなか強引なメッセージだった。
そして本当にゲームの中で結婚した。
あの頃の結婚式には、画面の中にギルドの仲間たちがいた。
それから遠距離恋愛をして、一緒に住んで、プロポーズをして、新婚旅行にも行った。
そして約5年後。
2025年4月某日。
今度はスマホの画面ではなく、赤坂の式場で。
家族や友人の前に、二人で立つことになった。
これが、「ゲームで出会った夫婦の物語」の最終章である。
この記事は「ゲームで出会った夫婦の物語」最終章です。
結婚式準備は、思っていたより全然ロマンチックではなかった
結婚式というと、ドレスを選んで、音楽を決めて、幸せいっぱいで準備を進める。そんなイメージがあるかもしれない。
実際には、印刷。動画。DVD。荷物。締切。搬入。確認メール。だいたいそんな感じだった。
妻はプロフィールブックなどのデザインを担当。僕は印刷担当だった。
ところが、いざ印刷しようとすると、紙のサイズに微妙に合っていない。
僕がデータを修正して店へ持っていき、ようやく印刷開始。と思ったら、今度は店のプリンターが止まった。
待つ。まだ動かない。
その間、気になるのは印刷物より駐車場の時間である。
「これ、駐車料金の時間超えるんちゃうか……?」
結婚式直前。僕はプリンターと時計を交互に見ていた。
たぶん、想像していた結婚式準備とは少し違う。
妻が動画を作り、僕がDVDで沼る
動画も自作した。妻がプロフィールムービーとオープニングムービーを制作。僕は最後の技術担当である。
動画自体は完成した。あとはDVDに焼けば終わり。簡単だと思っていた。
ところが、店やネットカフェに行けば何とかなると思っていたDVD作成が、思ったようにできない。式場への提出期限は迫る。
結局、外付けDVDドライブを急きょ購入。さらにDVD作成ソフトも必要になった。
ここで僕は、「DVD作成」ではなく、「DVDリッピング」のソフトを買った。
違う。欲しいのは吸い出す方ではなく、焼く方である。
仕方なく正しいDVD作成ソフトをもう一度購入。その日のうちに「間違えて買ったので返金してください」とサポートにメールした。
技術担当とは。
最終的には正しいソフトでDVDを作り、締切ギリギリで提出。
後日、式場から、オープニングムービーもプロフィールムービーも、文字切れなし。音飛びなし。会場機材で問題なく上映可能。という連絡が来た。
ようやく勝った。
結婚式準備というより、納期直前のシステム導入に近い。
でも、この辺りから、「何とか二人で終わらせるぞ」という妙なチーム感はあった。
妻はプロフィールブックや参加型の結婚証明書、会場に飾るタペストリーなど、いろいろなものを考えていた。
準備しているときの僕は、「最近の結婚式ってこんなことするんやな」くらいだった。
でも本番で実際に会場に並び、みんなが参加しているのを見ると、これが結構良かった。
準備しているだけでは分からなかったが、実際にその場で人が動いて初めて完成するものもあるらしい。
音楽も、好きな曲を流せば終わりではない
妻は入場からケーキ、手紙、送賓、クイズ中まで、かなり細かくBGMを考えていた。
ところが、選んだ曲の一つが配信限定で式場では使えず、直前に選び直すことになった。
好きな曲なら何でも流せるわけではないらしい。
妻があれだけ考えていたものは、本番でちゃんと形になった。
株まで売った。しかも暴落中に
そして、想像以上に金もかかった。
ドレスも高かったし、遠方から来てくれる人の交通費も負担した。
遠方の友人には、ご祝儀を断ったケースもある。
結果として、結婚式単体で見れば普通に大赤字だった。
足りない分には、株も使った。
しかも、ちょうどトランプ関税ショックで株式市場が大きく下がっていた時期だった。
関税とともに結婚式をしたようなものである。
そんな中で株を売るのは、投資をしている身としてはかなり嫌だった。
「今売りたくないんやけどな……」と思いながら現金化した。
それでも、ここまで来たらやるしかない。
結婚式は、そういうところまで含めて一大イベントだった。
そして巨大な鏡をレンタカーで運ぶ
準備も終盤。
今度は、式場に置く大きな鏡が問題になった。
普通に配送できるサイズではない。
どうするか。
レンタカーで持っていくことになった。
巨大な鏡を車に積んで、赤坂まで運ぶ。
もう完全に業者側である。
式場に搬入して、「これで大物は終わった」と思った。
その日の夜。式場から連絡が来た。
「席札が見当たりません」
いやいやいや。入れた。二人で確認して入れた。
妻から荷物の中身をかなり具体的に説明し、もう一度探してもらうことになった。
巨大な鏡を運び終えた日の夜に、今度は席札の捜索である。
結婚式とは、こういうものなのだろうか。
いよいよ成果発表の日
そして2025年4月某日。
ようやく当日になった。
妻のウェディングドレス姿を見た。
もちろん綺麗だった。
ただ、僕は泣かなかった。
妻から一言。
「泣かんのかい」
いや、泣かんわ。
ドレスは試着のときにすでに見ていた。
それより強かったのは、「ついに始まるな」という感覚だった。
二人でデザインして、印刷して、動画を作って、DVDで沼って、音楽を選び直して、鏡を運んで、席札を探して。
ようやくここまで来た。
文化祭の本番前。あるいは、ずっと準備してきた成果発表の直前。
そんな感じに近かった。
新郎新婦というより、同じプロジェクトをやってきた仲間だった。
準備が終わったと思ったら、当日も忙しい
当日は写真とエンディングムービーでカメラマン二名体制。
準備中から、お色直しまでずっと撮られていた。
写真のカメラマンは事前に指名していたが、これは大正解。
後日、死ぬほど写真が届いた。
量もすごかったが、頼んで良かったと思える写真がたくさん残った。
みんな本当に来てくれた
会場には家族や友人が集まっていた。
それが、素直に嬉しかった。
僕は地元が遠い。
僕側の家族や友人の多くは、時間とお金をかけて遠くから来てくれていた。
ゲームの中の結婚式なら、ログインすれば集まれる。
現実はそうはいかない。
予定を空けて、わざわざ東京まで来てくれた。
5年前。スマホの画面の中で結婚したときにも、ギルドの仲間たちがお祝いしてくれた。
今度は同じ場所に、家族や友人がいる。
5年前には顔も知らなかった相手と、今はその人たちの前に並んで立っている。
改めて考えると、不思議な話である。
当然、当日も順調には終わらない
もちろん、「ここまで大変だったけど、本番はすべて完璧でした」とはならない。
まず親族紹介。
段取りが抜けていて、急に僕が紹介する流れになった。
親族なので、当然みんな知っている。
知っているのだが、突然全員の下の名前を言おうとすると出てこない。
顔は分かる。誰なのかも分かる。名前が出てこない。
焦る新郎。
結婚式当日に試される親族暗記テストである。
そしてブーケトス。
途中から「男性も入っていいよ」みたいな雰囲気になり、僕の男性のいとこも参加した。
妻は後ろを向いて、そのままブーケを投げる。
すると、ブーケが僕のいとこのところへ一直線に飛んでいった。
見事キャッチ。
本人いわく、「マジでこっち来るとは思わんやん」
そりゃそうである。
7回結婚した夫婦のクイズ大会
披露宴ではクイズ大会もやった。
これも、適当に二人に関する問題を出せばいいというほど簡単ではなかった。
妻側だけが分かる問題。僕側だけが分かる問題。昔からの友人しか知らない問題。
そういうものにすると、最初から有利不利が出てしまう。
なので、なるべく知識ではなく「勘」で答えられる3択問題を考えた。
たとえば、「ゲーム内も含めて、僕らはこれまで何回結婚したでしょう?」
正解は、7回。
普通の夫婦なら、まず出てこない問題である。
回答は名前を書いた紙を3択それぞれの箱へ入れてもらい、正解者の中から最後に抽選する方式にした。
そんなクイズ大会のメイン景品はディズニーチケットだった。
親族には女性のいとこもたくさんいる。
なんとなく、そちらに当たりそうな空気もある。
実際に当たったのは、僕の友人のおっさんだった。
見た目だけなら、「独身男性がディズニーチケットを持って帰った」ように見える。
しかし実際には、既婚で子どももいる。
本人も事情を説明したかったらしい。
ところが時間の都合で、受賞コメント自体がなくなった。
説明できないまま席へ戻る友人。少し気まずい。
後日、その友人から動画が届いた。
子どもがディズニーチケットをものすごく喜んでいた。
よかった。ちゃんと正しいところに行っていた。
親族にも後日、その事実を伝えておいた。
やってみたら、ちゃんと楽しんでもらえた
結婚式が終わったあと、友人やいとこからいろいろ感想をもらった。
「音楽のチョイスが最高だった」
「料理めちゃくちゃ美味しかった」
そして、「二次会行こうぜ」
準備中は、「最近の結婚式ってこんな感じなんやな」くらいに思っていた。
でも、実際にやってみるとかなり良かった。
妻が考えたものも、音楽も、料理も、みんなちゃんと楽しんでくれた。
それが一番嬉しかった。
式が終わってから、妻の親に荷物などをお願いして、僕らはタクシーで二次会へ向かった。
僕の友人や、いとこ、弟たちが待っていた。
かなり疲れていたはずなのに、そのまま飲みに行った。
さらに後日聞いたところによると、僕側の参列者の関西組は、また別の日に飲み会までしていたらしい。
僕らが知らないところでも結婚式の続きが開催されていた。
そこまで楽しんでもらえたなら、やった意味はあったと思う。
最後に流れた映像を、扉の隙間から二人で見た
披露宴の最後には、当日の映像を使ったエンディングシネマが流れた。
僕らはすでに退場したあとだった。
でも、見たい。
ということで、二人で扉の隙間からこっそり覗いていた。
これが本当に良かった。
流れていたのは、Mrs. GREEN APPLEの「Soranji」。
その日の映像と音楽が重なって、少しうるっときた。
妻が作ったプロフィールムービーとオープニングムービーから始まって、最後はその日の映像がエンディングシネマになって流れる。
ずっと準備してきた結婚式が、一本の映像で締まっていく。
あとから親族や、その日参加できなかった友人にも送った。
「無事?に終わったね」
すべて終わったあと。
二人で話した。
「無事に終わったねー」
「めっちゃ喜んでもらえて良かったー」
とにかく、やり切った感が強かった。
楽しかった。でも、かなりハードだった。
ようやく全部終わった。
……と思った。
その直後。僕は重大なことに気づいた。
レンタカーで来ている。そして僕は酒を飲んでいる。
運転できない。
結婚式は終わった。しかし車は帰らない。
結局、妻の親に、ほぼ土下座する勢いで電話した。
「すみません……車の運転をお願いできませんか……」
感動的なエンディングシネマを見た直後である。
最後の最後まで、綺麗には終わらなかった。
まあ、僕ららしい。
結婚式は終わっても、残ったものがある
一日だけのイベントだったけれど、結婚式で使ったものの中には、今も残っているものがある。
あれだけ苦労して運んだ巨大な鏡は、今では新居の妻の部屋で普通に活躍している。
あの日、男性のいとこに飛んでいったブーケは、そのまま持って帰ってもらうのも少し違うということで返してもらった。今ではドライフラワーになって新居にある。
結婚式は一日で終わった。
でも、その日のものは意外と今の生活にも残っている。
最初の結婚式は、スマホの中だった
2020年。
僕らはまだ、お互いの顔すら知らなかった。
スマホゲームの中で出会い、ゲームのシステムの中で結婚した。
あのときは画面の中にギルドの仲間がいた。
それから約5年。
遠距離恋愛をして、一緒に暮らして、プロポーズをして、新婚旅行へ行って。
そして現実の結婚式では、家族や友人の前に二人で立った。
そこにたどり着くまでには、
プリンターが止まり、
DVDが焼けず、
ソフトを間違えて買い、
トランプ関税ショックの中で株を売り、
巨大な鏡を運び、
ブーケが男性のいとこに飛び、
ディズニーチケットをおっさんが持って帰り、
最後にはレンタカーを自分で運転できなくなった。
ゲームの結婚の方が、圧倒的に簡単だった。
ゲームなら、画面の中で始められた。
現実は、ずっと面倒だった。
それでも5年前、顔も知らなかった相手と、今度は家族や友人の前に二人で立っていた。
そして、これはもっと後になって分かったことだ。
あの日の結婚式。
実は僕らは二人ではなかった。
まだ僕ら自身も知らなかったけれど、妻のお腹の中には、すでにベビ太郎がいた。
スマホの中で二人から始まった話は、僕らが気づかないうちに、次へ進み始めていたらしい。
でも、それはまた別の話。
ゲームで出会った僕らの「結婚までの話」は、ここで終わる。
シリーズを振り返る
← 前の話:新婚旅行編 | 全話一覧
この先の家族の記録:妊娠・出産・0歳育児ガイド

