子どもが生まれる前、育児について何を知っていたか。
今振り返ると、びっくりするくらい何も知らなかった。
知っていたことといえば、「赤ちゃんは夜泣きするらしい」。ほぼこれだけだった気がする。
だからといって、ものすごく不安だったわけでもない。「まあ、なんとかなるやろ」くらいに考えていた。
ポジティブだったというより、単純に無知だった可能性が高い。
そんな状態から第一子が生まれ、気づけば育児も約9か月。新生児期、ミルク、オムツ、寝返り、はいはい、つかまり立ち、発熱、手足口病、そして0歳児を連れてハワイまで行った。
ここまで来ると、出産前にぼんやり想像していた「赤ちゃんとの生活」と、実際の育児がかなり違っていたことが分かる。
今回は、9か月育ててみたところで一度答え合わせしてみる。
なお、夫婦の家事分担や3人暮らしの生活動線については、里帰り後に0歳児との3人暮らしを始めて分かったことで書いている。今回はあくまで、「赤ちゃんを育てるって、想像していたのと実際どう違った?」という話だ。
想像①「育児といえば、とにかく夜泣き」
子どもが生まれる前の育児イメージで一番強かったのは、やっぱり夜泣きだった。
赤ちゃんは夜中に泣く。親は寝られない。育児、大変。
知識としてはこのくらいだった。
そして実際、最初の1か月は普通にしんどかった。
夜中も起きる。ミルクをあげる。また寝る。と思ったら、また起きる。
「なるほど。これが噂に聞いていた赤ちゃんとの生活か」という感じだった。
この時期については、出産前の想像はそこまで外れていない。
ただ、その後は予想と違った。
成長すると夜に比較的長く寝てくれるようになった。これがめちゃくちゃ大きかった。
育児の難易度が突然EASYになるわけではないが、親がある程度まとまって寝られるだけで全然違う。
出産前は、「赤ちゃんが生まれたら、しばらくずっと寝られない」くらいのイメージだった。
実際には、ずっと同じ状態ではなかった。寝てくれる時期もある。逆に、後になって夜泣きが強くなることもある。
9か月やって分かったのは、育児は「ずっと大変」なのではなく、何が大変なのかが入れ替わっていくということだった。
最初の敵は睡眠不足。そいつを倒したと思ったら、次の敵が出てくる。
終わりではなかった。ステージが変わっただけだった。
想像②「赤ちゃんは理由も分からず泣き続ける」
これも意外だった。
生まれる前は、赤ちゃんはもっと理由不明でずっと泣いているものだと思っていた。
実際に月齢が低い頃を振り返ると、うちの場合は意外と分かりやすかった。
だいたい「眠い」か「お腹が空いた」。少なくとも親から見て、「たぶんこれやな」と予想できることが多かった。
オムツが多少濡れていても、特に泣かない。「オムツで泣くんちゃうんかい」とは思った。
もちろん、いつも簡単に分かるわけではない。
でも、出産前に想像していた「なぜ泣いているのか一切分からず、永遠に泣かれる」という世界ではなかった。
むしろ月齢が低いうちは、行動パターンが比較的シンプルだったように思う。
この頃はまだ、赤ちゃん自身があまり動かない。
今思えば、ここがかなり重要だった。
想像③「大きくなれば楽になる」……半分正解だった
子どもが成長すれば、できることも増える。親も育児に慣れる。だから少しずつ楽になる。
これは出産前にも何となく想像していた。
実際、夜に長く寝てくれるようになったことはかなり大きかったし、ひとり遊びしてくれる時間が増えたのも助かった。
ところが、予想していなかったことがあった。
動く。めちゃくちゃ動く。
寝返り。はいはい。つかまり立ち。
成長を見ている側としては、「おお、できた!」となる。
その数秒後、「待って待って待って、それ危ない」になる。
動かなかった頃は、その場に寝かせておけば基本的にはそこにいた。当たり前である。
ところが自分で移動できるようになると、突然世界中が危険物に見えてくる。
ベッドから落ちるかもしれない。つかまり立ちして倒れるかもしれない。何か触るかもしれない。何か口に入れるかもしれない。
出産前は、「新生児って小さいし、一番大変そう」と思っていた。
9か月時点の感想は、動かない赤ちゃん、今思えばかなり楽だった。
もちろん当時は当時で大変だった。夜は寝られないし、初めての育児なので何をするにも慣れていない。
でも安全管理という意味では、自分で移動しないというのはものすごく大きかった。
「成長すると楽になる」は間違いではない。
ただし、「それまで大変だったことが減る代わりに、新しい仕事が増える」の方が正確だった。
想像④「育児はミルクとオムツをやる仕事」
育児を始める前は、具体的な作業として想像できたのはミルクとオムツくらいだった。
ミルクを作って飲ませる。オムツを替える。寝かせる。
実際、それらはもちろんやる。
オムツ交換なんかは、やってしまえばすぐ慣れた。個人的には思っていたほど抵抗もなかった。
ただ9か月やって思うのは、育児で大変なのは作業そのものだけではないということだ。
「そろそろ眠い?」「お腹空いた?」「これは機嫌が悪いだけ?」「今日はいつもと違う?」「ここに寝かせて大丈夫?」
常に小さい判断がある。答え合わせもすぐにはできない。
ミルクを飲ませたら泣き止んだ。じゃあ空腹だったのか。抱っこしたら寝た。眠かったのか。
毎日こういう小さい試行錯誤を繰り返している。
出産前は「赤ちゃんの世話」という大きな仕事があると思っていた。
実際には、小さな判断が一日中連続している感じに近かった。
想像⑤「赤ちゃんは病気になる」……知識と実物は別物
赤ちゃんが熱を出すことくらいは知っていた。
でも、「知っている」のと、自分の子どもが実際に高熱を出すのは別だった。
手足口病になったとき、39.5℃くらいまで熱が上がった。そしてずっと泣いていた。
これは見ている側もしんどかった。
育児9か月の中で大変だった出来事を挙げるなら、最初の1か月の睡眠不足の次くらいに印象に残っている。
病気については、親が代わってあげることもできない。何をしてもつらそう。
普段なら「眠いかな」「お腹空いたかな」と原因を予想できても、体調不良のときはそうはいかない。
湿疹などの肌トラブルも経験したが、子どもの体調に関することは、やはり普段の世話とは違う緊張感があった。
ここで書いているのはあくまで我が家の経験で、症状への対応方法そのものは医療機関などの判断が優先される。
ただ一つ言えるのは、「子どもは熱を出す」という一文を読んで理解した気になるのと、実際に体温計に高い数字が出るのとでは全然違った、ということだ。
想像⑥「0歳児を連れて旅行なんて無理そう」
子どもが生まれる前なら、0歳児を連れて海外旅行に行くとはあまり想像していなかったと思う。
実際には、生後8か月でハワイへ行った。
行きの飛行機はかなり順調だった。隣の席が空いていたこともあり、寝てくれた。耳抜きも特に問題なかった。
「意外といけるやん」となった。
そして帰り。
泣く。寝ない。泣く。
親が頑張ったからといって、赤ちゃんがこちらの都合どおりになるわけではない。当然である。
ここも育児を象徴している気がする。
出産前は、「赤ちゃんがいたらできないことが一気に増える」と思っていた。
実際には、準備すればできることは思っていたより多かった。旅行もできた。外出もできる。普通に生活もできる。
ただし、どうにもならない時間はどうにもならない。
「準備すれば全部うまくいく」でもなければ、「赤ちゃんがいるから何もできない」でもない。
9か月時点では、その中間くらいが実感に近い。
9か月やって一番変わった育児のイメージ
出産前の自分は、育児をかなり一枚絵で見ていた。
赤ちゃんが泣く。夜寝られない。ミルクをあげる。オムツを替える。大変そう。
実際にやってみると、そんな単純なものではなかった。
最初の1か月は睡眠不足がきつい。それを乗り越えて夜に寝てくれるようになると、かなり楽になる。
今度は寝返りする。はいはいする。つかまり立ちする。危ない。
ひとり遊びしてくれて楽になる部分もあれば、目を離せなくなる部分もある。
体調を崩すこともある。旅行に行けるくらい元気な時期もある。
つまり、育児はずっと同じ難易度ではない。
大変なことと楽になることが、同時に入れ替わり続けている。
「育児は慣れる」とよく言う。
9か月時点の自分が思う「慣れる」は、全部うまくできるようになることではない。
何か起きても、「まあ、とりあえずやってみるか」と思えるようになることなのかもしれない。
出産前の自分に言うなら
出産前の自分に一言だけ言えるなら、たぶんこれだ。
「最初の1か月さえ乗り切れば、あとはなんとかなるから頑張れ」
もちろん、その後も大変なことはある。
手足口病でずっと泣く日もある。飛行機でどうにもならない日もある。動き始めれば家中が危険地帯に見える。
でも、最初の頃みたいにすべてが分からないわけではなくなる。
赤ちゃんのことも少し分かる。親も少し慣れる。
そして何より、思っていたより普通の日常になる。
ちなみに、出産前の想像どおりだったことも一つある。
夫婦2人に似て、ちゃんと可愛い。
そこだけは予想どおりだった。よかった。
まとめ|想像していたところとは違うところが大変だった
9か月育児をして分かったのは、「想像より大変だった」でも「思ったより楽だった」でもなかった。
正確には、想像していたところとは違うところが大変だった。
最初は睡眠。次は動き始めたことによる安全管理。時々、病気。
その一方で、夜に長く寝てくれるようになったり、ひとり遊びしてくれたり、確実に楽になる部分も増えていく。
これから歩き始めたら、また別の答え合わせが始まるんだろう。
たぶん9か月後の自分も、「いや、そこが大変になるとは聞いてない」と言っている気がする。


