Wi-Fi HaLow(IEEE 802.11ah)は、日本ではこれまで主に920MHz帯で使われてきました。
2026年、そのHaLowに850MHz帯という新しい選択肢が加わりました。
ただし、単に「少し低い周波数が使えるようになった」という話ではありません。
850MHz帯では、920MHz帯HaLowで課題になってきた送信時間率(Duty)、使える帯域幅、送信出力、無線局制度の条件が変わります。2026年7月に制度化済みの部分がある一方、200mW級の高出力親局を登録局として運用する仕組みなどは、2026年10月時点でも追加整備中です。
IoT・無線通信を扱ってきた立場から見ると、850MHz追加の本質は「周波数が増えた」ことより、HaLowの用途を制限してきた制度上のボトルネックが外れ始めたことです。
この記事では、850MHz版Wi-Fi HaLowと920MHz版の違いを、制度・性能・使い方の3つに分けて整理します。
結論|850MHzの本質は「Duty・帯域・出力」の制約緩和
先に結論です。
850MHz帯Wi-Fi HaLowで重要なのは、周波数が920MHzから850MHzへ下がることそのものではありません。
大きいのは次の3点です。
- 送信時間率(Duty)制限のない運用が制度化された
- デジタルMCA終了後を見据え、より広い帯域幅を使える設計になっている
- 最大200mW級の高出力親局が想定されている
920MHz帯でもHaLowは長距離通信できます。
しかし、映像、音声、双方向制御、端末数の多いIoTでは、電波が届くかだけでなく「どれだけ継続して送信できるか」「どれだけ帯域を確保できるか」が重要です。
850MHz帯は、この部分を改善するための制度変更と考えると分かりやすいです。
ただし、200mW運用や広帯域化を「2026年10月時点ですべて使える」と考えるのは早いです。制度化済み、追加整備中、2029年以降に利用拡大が想定される部分を分けて見る必要があります。
なぜ850MHz帯が追加されたのか
背景には、デジタルMCAシステムの終了があります。
デジタルMCAは、業務連絡や車両管理、防災などで利用されてきた自営無線システムです。サービスは2029年5月末で終了予定で、その後に空く周波数帯の新しい活用が検討されてきました。
総務省は、デジタルMCAの運用中でも共存できる範囲から800MHz帯広帯域小電力無線システムを導入し、MCA終了後に利用範囲を広げる制度設計を進めています。
Wi-Fi HaLowは、この「800MHz帯広帯域小電力無線システム」の有力な用途の一つです。
2026年7月30日には関連する省令・告示の制度整備が行われ、850MHz帯HaLowは将来構想ではなく、認証・製品化を進められる段階へ入りました。
850MHzと920MHzは何が違う?
比較すると、周波数の差よりも制度条件の差が目立ちます。
| 比較項目 | 920MHz帯HaLow | 850MHz帯HaLow |
|---|---|---|
| 現在の位置づけ | 国内製品・実証・導入実績がある既存方式 | 2026年に制度・認証が始まり、製品・運用が立ち上がる段階 |
| 利用周波数 | 920MHz帯 | 最終的に846.5〜854.5MHzを想定。2029年5月末までは846.5〜848.5MHz |
| 帯域幅 | 最大4MHz | 制度設計上1 / 2 / 4 / 8MHz。ただしMCA共存期間中は利用可能帯域が2MHz |
| Duty | 現在の国内HaLowで一般的な運用では10%Dutyが大きな設計条件 | 1時間あたりの総送信時間制限を設けない運用が制度化 |
| 送信出力 | 現行国内HaLowでは20mW特定小電力運用が中心 | 20mW以下に加え、最大200mW級の高出力親局を想定 |
| 手続き | 20mW特定小電力なら免許不要 | 20mW以下と高出力親局で扱いが異なる。高出力親局の登録局制度は追加整備中 |
| 実績 | 2022年以降、国内製品・実証・導入事例が蓄積 | 製品対応・実証・制度整備が立ち上がる段階 |
ここで注意したいのは、920MHz帯全体の制度が20mW・10%Dutyだけという意味ではないことです。
920MHz帯には別の無線局制度や送信条件もあります。ただし、現在の国内Wi-Fi HaLowで一般的に使われている20mW特定小電力運用では、10%Dutyが設計上の大きな制約になっています。
つまり、850MHzと920MHzの実用上の差は「70MHz低くなるから遠く飛ぶ」というより、Duty、帯域幅、高出力運用の制度差にあります。
Duty制限なしで何が変わる?
920MHz版HaLowを使うときに問題になりやすいのがDuty制限です。
現在の国内HaLowで一般的な920MHz運用では、1時間あたりの送信時間の総和を360秒以下に抑える条件があります。約10%です。
これは「6分通信したら54分完全停止」という意味ではなく、短い通信を分散させることで低fps映像などを継続的に見せることもできます。
実際に920MHz HaLowでカメラ映像を伝送する実証も行われています。
ただし、総送信時間に上限がある以上、
- 常時映像
- 音声通話
- 双方向制御
- ロボット制御
- 端末数が多いネットワーク
- 低遅延を求める用途
では余裕が小さくなります。
850MHz帯では、この1時間あたりの総送信時間制限を設けない運用が制度化されました。
これは単純な最高通信速度以上に重要な変更です。HaLowを「センサー通信だけでなく、映像・音声・制御にも使える自営無線」へ広げる可能性があるからです。
200mWになると通信距離はどこまで伸びる?
850MHz帯でもう一つ注目されるのが高出力化です。
現在の国内Wi-Fi HaLowでは、20mW特定小電力での運用が中心です。
一方、850MHz帯の技術条件では、親局相当の無線局で最大200mW級の高出力運用が想定されています。
送信電力だけなら20mWから200mWで10倍、10dB増える計算です。
ただし、「20mWで1kmなら200mWで10km」とはなりません。
通信距離は、アンテナ利得、EIRP、受信感度、アンテナ高、地形、遮蔽物、変調方式、必要スループットなどで決まります。空中線電力だけを10倍にしても、距離がそのまま10倍になるわけではありません。
台湾の850MHz HaLowトライアルでは、実環境でkm級の通信やMbps級のデータレートが報告されています。ただし、これは日本国内で同じ距離・速度を保証するものではありません。
200mWは今すぐ使える?
2026年10月時点では、ここを分けて考える必要があります。
850MHz帯の技術基準・認証環境は2026年7〜8月に整備が進みました。
一方、高出力親局を実際に登録局として運用するための制度は追加整備中です。
総務省は2026年9月12日から、800MHz帯広帯域小電力無線システムの親局を登録局として扱う改正案について意見募集を行っており、締切は2026年10月16日です。
したがって現時点では、
- 850MHz帯HaLowの制度化・認証開始は進んでいる
- Duty制限なしの運用は制度化されている
- 200mW級の高出力親局を登録局として使う仕組みは追加整備中
という段階です。
「850MHz HaLowが始まった=今日から200mWで自由に運用できる」ではありません。
2029年は850MHzの大きな節目
850MHz帯には、もう一つ大きな時間軸があります。
デジタルMCAのサービス終了予定は2029年5月末です。
それまでは既存システムとの共存が必要なため、HaLow向けに利用できる周波数は846.5〜848.5MHzに限定されます。
制度設計では、MCA終了後に846.5〜854.5MHzへ利用可能帯域を広げることが想定されています。
そのため、2029年6月以降は4MHzや8MHzなどの広いチャネルを活用しやすくなる大きな節目です。
ただし、2029年6月になれば必ず全製品・全用途で8MHz運用が始まる、と断定できる段階ではありません。実際の利用条件や製品対応は、その時点の制度・認証・製品状況を確認する必要があります。
850MHz版HaLowは、
2026〜2029年:
Duty制限なしの新帯域を先行利用し、製品・運用を立ち上げる段階
2029年6月以降:
利用可能帯域の拡大が想定される大きな節目
と分けて考えると分かりやすいです。
850MHzで映像・音声・ロボット制御は現実的になる?
850MHz追加によって特に変わりそうなのが、継続通信が必要な用途です。
920MHzでも低fps映像やセンサーデータは実証されています。
一方、Duty制限があると、カメラ台数を増やしたり、双方向通信を増やしたりすると余裕が小さくなります。
850MHzでは、
- Duty制限なし
- 将来的な広帯域化
- 高出力親局の制度整備
が組み合わさることで、
- 監視カメラ
- IPスピーカー
- 防災放送
- 遠隔操作
- ロボット
- 農業機械
- 広域設備監視
などへの適用範囲が広がる可能性があります。
2026年の850MHz帯利用セミナーでも、IPスピーカーやバス停など社会実装を意識した機器が紹介されています。
ただし、高画質映像を大量に流す用途までHaLowが5GHz Wi-Fiや有線を置き換えるわけではありません。
HaLowは、
「数百m〜数kmをカバーしたい」
「有線を引きにくい」
「普通のWi-Fiでは届きにくい」
「低速LPWAではデータ量が足りない」
という条件で検討価値が高い通信方式です。
920MHz版は不要になる?
不要にはならないと考えています。
2026年時点では、920MHz版には次のメリットがあります。
- 国内対応製品がすでにある
- 導入・実証実績がある
- PoCのノウハウが蓄積している
- 20mW特定小電力なら免許不要
- 今すぐ調達しやすい
850MHz版は将来性がありますが、制度、製品、運用ノウハウが立ち上がっている途中です。
さらに2029年5月末までは利用できる帯域も限定されます。
したがって、850MHzが920MHzをすぐ置き換えるというより、用途に応じて選択肢が増えると考える方が自然です。
850MHzと920MHz、どちらを選ぶ?
私なら次の順番で判断します。
1. 今すぐ調達・PoCしたいか
2026年時点で製品調達と実証を優先するなら、既存製品と実績がある920MHzが現実的です。
2. Duty制限がボトルネックになるか
センサーデータ中心なら920MHzで十分なケースがあります。
一方、映像、音声、双方向制御、端末数の多いシステムでは、850MHzのDuty制限なしという条件が効いてきます。
3. 高出力親局が必要か
20mWで必要なエリアをカバーできるなら、必ずしも200mWは必要ありません。
少ない親局でより広いエリアをカバーしたい場合は200mW級の850MHzが候補になりますが、2026年10月時点では登録局制度の確定を待って判断する必要があります。
4. 中長期の広帯域化まで見るか
4MHz・8MHzを含む利用拡大まで見据えるなら、デジタルMCA終了後の2029年が大きな節目です。
短期導入と中長期設計は分けて考えた方がよいです。
850MHzはHaLowを別物にするのか
規格そのものはIEEE 802.11ahです。
850MHz版が新しいWi-Fi規格になるわけではありません。
変わるのは、日本国内で802.11ahを使うときの周波数と制度条件です。
それでも実運用への影響は大きいと考えています。
920MHz版では、
「遠くまで届くがDutyが厳しい」
「映像は送れるが条件がある」
「より広いエリアを少ないAPでカバーしたい」
といった課題がありました。
850MHz版は、この制約を段階的に減らす方向に進んでいます。
その意味では、単なる周波数追加ではなく、HaLowの用途を広げる制度変更です。
まとめ|850MHzはHaLowの弱点を減らす制度変更
850MHz版Wi-Fi HaLowは、920MHz版を置き換えるだけの新周波数ではありません。
重要なのは、
- Duty制限なしの運用
- 2029年以降を見据えた広帯域化
- 最大200mW級の高出力親局
- 高出力運用に対応する登録局制度
という変化です。
一方、2026年10月時点では、
- 2029年5月末までは846.5〜848.5MHzに限定
- 高出力親局の登録局制度は追加整備中
- 850MHz対応製品はこれから増える段階
という制約もあります。
そのため現時点では、
「2026年時点で調達・PoCを優先するなら920MHzが現実的」
「Dutyがボトルネックになる用途や中長期の広域IoTでは850MHzの制度・製品ロードマップを確認」
「200mW前提なら登録局制度の確定後に判断」
という整理が妥当です。
850MHzでHaLowはかなり面白くなります。ただし、本領発揮は段階的です。
Wi-Fi HaLowの基礎から確認したい場合は、既存の「Wi-Fi HaLowとは?IEEE 802.11ahの特徴・LPWAとの違いを解説」も参考にしてください。
映像伝送がどこまで可能かは、別記事「Wi-Fi HaLowで映像伝送は可能か?」で詳しく整理します。
参考情報
総務省 / e-Gov
800MHz帯広帯域小電力無線システム及び800MHz帯三次元測位システムの制度整備
総務省 / e-Gov
800MHz帯広帯域小電力無線システムに係る制度整備
総務省 / e-Gov
電波法施行規則の一部を改正する省令案に係る意見募集
802.11ah推進協議会
vLab内覧会・850MHz帯利用セミナー
802.11ah推進協議会
Wi-Fi HaLow Development Forum 2026
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