30代後半、仕事の経験は増えた。それなのに「この先も同じ働き方を続けたいのか」と考える時間も増えていました。大きな失敗があったわけではありません。むしろ、任される仕事はあり、一定の手応えもありました。
私が迷っていたのは、単純に今の会社を辞めたいからではなく、「自分は誰のどんな問題を解決する仕事がしたいのか」が見えにくくなっていたからだと思います。
結論から言うと、私はすぐに転職や独立を選ばず、仕事の領域を変える異動と学び直しを試しました。それですべてが解決したわけではありませんが、自分が重視したい仕事の条件が少しずつ分かるようになりました。
この記事では、当時感じていた迷い、実際に動いたこと、今振り返って分かったことを分けて紹介します。
1.実績があっても、キャリアの方向性には迷う
私はITインフラや社内システムの領域で、運用だけでなく業務改善や関係者との調整にも取り組んでいました。技術を使って問題を解決する仕事には、やりがいがありました。
IT部門では、主任として後輩への業務配分や進捗の確認、外部委託先との調整を担いました。人事評価を含むライン管理職とは異なりますが、関係者と仕事を進める経験は積んできました。
その一方で、技術やプロジェクトの運営だけでなく、顧客の課題や事業全体の方向性に関わる仕事にも関心が強まっていました。技術者として専門性を深める道と、事業側へ役割を広げる道の間で迷っていたのだと思います。
2.会社を辞める前に、何を変えたいのか考えた
当時は、転職や会社員以外の働き方にも関心がありました。昔の友人から「カフェを一緒にやらないか」と誘われたこともあります。経営や会計に関心があった私は一度心が動きましたが、目指す方向が一致せず、具体的な事業にはつながりませんでした。
それでも残ったのは「会社を辞めたい」という一つの答えではなく、「自分で考えたことを形にする仕事がしたい」という関心でした。
次の選択肢を考える際、職場への不満と、やってみたい仕事を混同しないことが大切だと感じます。前者だけで環境を変えても、後者が曖昧なら同じ迷いを繰り返すかもしれません。
3.技術職からビジネス側へ。異動で見えた景色
私が選んだのは、社内で仕事の領域を変えることでした。ITインフラ中心の業務から、希望してマーケティングの仕事へ移り、さらに新規事業にも関わるようになりました。技術で課題を解くだけでなく、何を誰に届けるかを考える機会が増えました。
顧客が何に困っているのかに加え、費用や調達、導入後の運用を誰が担うのかまで考える必要がありました。社内システムの改善とは違う難しさがありましたが、顧客の現場と事業の両方を見ることで、以前より視野が広がったと感じています。
異動そのものが正解だったと断言するつもりはありません。技術から離れる部分もあり、専門性を深める道と迷う場面はありました。それでも、違う仕事を経験して初めて分かった関心がありました。
4.技術を事業として成立させる難しさを知った
新規事業の仕事では、現場の困りごとに技術的な解決策が見つかっても、それだけでは取り組みは前へ進みません。誰が使い、誰が費用を負担し、導入後は誰が支えるのか。技術の先にある条件を考える必要がありました。
アイデアを形にするには、顧客の需要、採算、調達、運用、社内の責任分担などを整理しなければなりません。関係者の立場が違えば、重視する条件も違います。そうした調整は、技術的な検証とは別の難しさでした。
当時は、良い提案なら自然に進むと思ってしまうこともありました。しかし、課題を見つけることと、関係者が動ける条件を整えることは別の仕事です。技術と事業の間をつなぐ経験を通じて、実装だけでなく、使い続けられる仕組みを作ることにも関心が高まりました。
5.顧客の反応が、自分の仕事の軸を教えてくれた
担当領域が変わって印象に残ったのは、実際の現場で人の話を聞く機会です。机上で想像していた課題と、そこで働く人が困っていることが違う場面もありました。
自分が提案に関わった仕組みについて、現場で便利になったという反応を担当者から聞いたことがあります。使う人の声に触れて、仕事の成果が具体的な誰かにつながっていると実感しました。
その経験から、自分は技術そのものだけでなく、技術が使われて誰かの負担が減るところまで関わりたいのだと気づきました。これは現在も仕事を選ぶときの判断軸です。
6.学び直しは、最初から成功したわけではない
30代の頃、経営や組織について体系的に学びたくて、大学院のプレMBA・単科履修に挑戦しました。しかし、仕事との両立は想像以上に難しく、コロナ禍で授業や交流の形が変わったことも重なり、継続しませんでした。
当時は知識だけでなく、普段の仕事では接点のない人たちとの交流にも期待していました。思い描いていた学び方と実際の環境には違いがありました。
その後、40代で通信制大学の3年次に編入し、仕事と両立しながら3年間かけて卒業しました。最短の2年間ではありませんでしたが、学びを続けて卒業できたことは自信につながりました。最初の挑戦が続かなかった経験も、自分に合う学び方を考える材料になりました。
新しい肩書を得ることだけが目的ではありません。学んだことを仕事や生活の判断に使えるようになることに、意味がありました。卒業後に感じた変化は、別記事「通信制大学を卒業した40代のその後」にまとめています。
7.ライフスパン理論で分かった、仕事だけではないキャリア
ドナルド・E・スーパーのライフスパン・ライフスペース理論では、キャリアを人生を通じた発達として捉えます。仕事上の役割に加え、学習者、家族の一員など、人生で担う複数の役割にも注目します。
この考え方を手がかりに当時を振り返ると、30代後半で進路を探し直すことは、年齢に対して遅れているという話ではありません。自分の役割や大切にすることが変われば、キャリアの判断も変わります。
私も、当時は専門性と事業への関心で迷い、その後は家族との暮らしや働き方も判断材料に加わりました。「キャリアは一直線でなければならない」と考える必要はなかったのだと思います。
私にとって、この理論は「今の役割」と「これから大切にしたい役割」を見直すための、一つの整理の道具になりました。
迷ったときに確認したい3つの問い
自分のキャリアを考えるときは、「不満があるから転職する」という結論を急ぐ前に、次の問いを整理すると判断しやすくなります。
第一に、今の仕事で「残したいこと」と「変えたいこと」は何か。技術を深めたいのか、顧客との接点を増やしたいのか、裁量を広げたいのか。
第二に、その変化は異動・役割調整・学び直しでも実現できるか。現職では難しい理由は何か。
第三に、仕事以外の役割と両立する条件は何か。収入や通勤、生活時間、将来の学習機会は、自分の状況に照らして無視できない条件です。
どれも一度で答えを出す必要はありません。実際の仕事を通じて確かめ、状況が変わったら見直してよいと考えています。
まとめ|キャリアに迷うことは、経験を選び直すきっかけになる
30代後半の私が必要としていたのは、すぐに正解の職種や会社を決めることではありませんでした。何を大事に働きたいのかを言葉にし、異動や学び直しで試しながら、自分の判断軸を確かめることでした。
ITインフラの経験も、新規事業での試行錯誤も、プレMBAを中断した後に大学を卒業した経験も、今の選択につながっています。経験をすべて成功談に変えるのではなく、何を得て何を変えたかを振り返る。その積み重ねが次の選択肢を作るのだと思います。
会社との相性に悩んでいる人は、別記事「会社が合わないと感じたら?辞める前にやるべき7つのこと」で、現在の仕事を続けながら取れる行動も整理しています。
参考:Donald E. Super (1980), A life-span, life-space approach to career development, Journal of Vocational Behavior. 原著論文(DOI)


